午後4時44分喫茶譚

とても穏やかな喫茶店がある
僕はここに通うのが好きだ
店に入ると 店員さんが丁寧な口調で迎えてくれる
毅然としていて 美しい
時刻は午後4時44分
僕はいつも通り カフェオレを1つ


窓側の席に腰掛け 本と ペンと ルーズリーフのファイルを取り出し テーブルの隅に添える
本を手に取り しおりを挿したページを探る

そうだ 花火大会の途中だったね
淡いなぁ
記憶を反芻しながら 続きをなぞる

目を閉じ ふぅ と ちいさく一呼吸
時間を弛ませるような めろでぃーが 耳から入ってくる
ピンと張った緊張の糸が解け でろんとすだれる
穏やかな時間が 体の中を通り抜けている

カフェオレを一口
店内を見回す
様々な人が時間を愉しんでいる
彼らの中にもまた 穏やかな時間が流れているのだろう

横には 誰とも知らぬ 女性が本を手に うとうとと こうべを不測なリズムで揺らしている
綺麗な女性だ
横顔からは 彼女の知性の奥妙さが伺える
可愛いおんなの子 とは対極の様相

と 暫く魅せられていると
ハッと 彼女は首を起こす
僕は瞬時に 視線を本の中に移す
逃げるかのように
何か悪いことをしてしまったかのような
謎の罪悪感に包まれる

ちらり と本の隙間から覗くと
彼女は置いてあったカプチーノを 一つ含み 本の続きを辿っていた
やはり綺麗だ


カフェオレを少しずつ減らしながら
暫く 本を読み進める
幼き頃を回り想う
彼らは夜中 学校の校舎に不法侵入し 謎に向かい合っていた

あ ごめんなさい

と 話に声が割り込んでくる

気づくと 横の彼女が しゃがみ 僕の椅子の足元を探っている
僕は足を避ける
どうやら しおりを落としてしまったよう
拾ってあげれば良かった と少し悔やむ

あ ごめんなさい

先程の彼女の言葉を思い出す
確信した
知的な女性だ

丁寧だが どこか情の乗ってない
そんな言葉だった
僕もそんな言葉をよく発する
丁寧 とても丁寧
しかし 余計な情は乗せない

美しい店員さんの
どうぞ
とカフェオレを差し出す言葉にも

ありがとうございます
と 微笑み
言葉を発する
余計な情は乗せない


彼女と話してみたい
そのように思い当たる
知的な人を見つけると 徐に 話したくなる

あなたはどんなひとなの
どんなことをかんがえてるの
なにがみえてるの

聞きたくなる
話したくなる


また時を経て
時刻は午後7時32分
彼女は本を閉じ 鞄の中へ
荷物を手に 席を立った
あぁ お帰りか

話したかった
話しかける勇気が欲しかった
もう逢うこともないのだろう
誰とも知らぬ君よ


彼女が去った後
僕は奇妙な感覚に囚われた
世界でひとりぼっちになったような
横にあるガランとした席が 淋しい
窓から外を眺める
街灯に火が照り 光を散らしている
朧げな 朧げな
感傷的な心が覚めぬうちに 文へ記す


心細い想いを馳せ
ひとりぼっちでページを捲る
終わりが近づいている
謎は明け 彼らが 夢の下に 再び集う
夢が叶った人 叶わなかった人 諦めた人 諦めきれなかった人
似通った しかし離れ離れとなった彼らが
もっとも憎んだ夢に 引き寄せられ 逢い見ゆ

良き


さて 読み終えたことだ
カフェオレも空になったことだ
時刻は午後8時44分
あと16分で店仕舞い
人も少なくなってきた
淋しさ漂う

カフェオレ一つで4時間
よく考えると 迷惑な客だな
柄にもなく 長々と綴ってしまったな
などと無駄事を呟きながら
テーブルの上の荷をリュックに収め
店を後にする


振り返り

ありがとうございました

一礼

また来ます