砂漠に一つ林檎の木

ある旅人がある砂漠の真ん中を歩いている
広く遠く限りない砂漠のちょうど真ん中を

風が強い
陽が強い
吹き荒れる砂埃が行先を阻む
旅人は急に立ち止まりポケットから紅い果実を取り出した
よく熟れた林檎の実だった
それをひと齧りしてその場に落とす
その後旅人は座り込んだ
じきに横たわった
そしてそのまま眠りについた
深い眠りに
荒れ狂う砂漠が一瞬 騒めきを鎮めたように思えた



数年後
砂漠が真ん中から緑化しているというあり得ない報が出回った
直ちに近隣の国で調査班が結成され砂漠に送り込まれる


砂嵐が吹き荒れる中
疑心を抱えつつも砂漠を歩く調査班
しかし中心に近づくに連れ確かに緑が増えてゆく
先程までの騒がしさが嘘のように
小鳥の囀りさえ聴こえてきそうな静けさに

とうとう中心地点に辿り着いた
皆が皆驚いた
もうそこは砂漠と呼べるものではなかったから
辺り一面を覆う数多の草花
水々しい緑に囲まれた空間
波紋を広げる澄んだ池
言わば森
森と言わざるを得ない
そして奥に聳え立つのは一本の大木
大木を囲うように森林が成り立っていた
枝に真っ赤な木の実を付け
その深い紅はどこか禍々しさを放っている
根元には苔に塗れた鈍い塊が
重い静けさを放つように横たわる
砂漠に一つ林檎の木
異様な光景 不思議な空気に空間が支配されている

班員の1人が魅せられたように木に近づき
林檎の果実を一つ手に取った
釣られるようにもう1人また1人と果実を手に取る
彼らはそれを一つ齧った
すると何かに取り憑かれたかのようにふらふらと歩き始める
四方に 別々の方角へと

砂漠と森林の境目辺りまで来て
彼らはその場に果実を落とした
その後彼らは座り込んだ
じきに横たわった
そしてそのまま眠りについた
深い眠りに

森の静けさが一つ増した
そんな気がした