空白の日記

走馬灯のように日々が過ぎ去っていく。
私は繋ぎとめる努力を怠り、かけがえのない記憶を失っていく。刻々と遠退く時間のなかで、ひとつ、またひとつと。

振り返れば、この日記は二年前の五月で途切れている。
それからも色々とあり、その色々に追いつけずに、次の一歩をどの地点に置き描くべきか、もはやわからなくなっている。

母と国東へ行って、京都の友達の家に泊まって、それから大学がコロナ禍で閉鎖されて、不条理な政治や社会に憤りを覚えて、考え始めて、考え続けて、次第に信用できる大人が減ってきて、友達と会う機会も減って、ひとりの部屋で沈んで、疲れて、疲れきって。
でもそんなときにひとりの女の子と出会って、お付き合いすることになって、初めてできた彼女だったから嬉しくて、幸せで、色んなことを教えてもらって、気づかせてもらって、私は昔のように屈託なく笑うようになったし、子供のように泣くようにもなった。彼女の明るさや純粋さに触れて、かつて私のうちにあった大切なものをもう一度みつけたように、その光を目掛けて私は真っ直ぐと歩き始めていた。
ただそれも束の間の話で、一年の交際の末、ふたりは別れた。私が未熟だったのだ。私は間違って、彼女を傷付けた。生じた溝を埋められるほど、私も彼女も大人じゃなくて、心の距離は開いていく一方だった。お互い、心がぼろぼろになるまで傷つけあって、悩んで、苦しんで別れた。胸にあった空洞はすでになく、確かな痛みだけが刻まれるようにあって、死にたいという念に囚われては、そのたびに「生きたい」と口ずさみ暗示をかけて、色んな人に助けを求めて、たくさんの人に支えられて、いまはもうだいぶ安定しているのだけど、忘れられはしない。どこに行っても、何をやっても、思い出すのはあなたのことです。
それに、いずれ忘れられるようになったとしても、心の底の方で、私はあなたのことを忘れはしないだろう。この痛み共に、生きていこうとするのだろう。難しいことだけど、私は足りなくて弱いけれど、頑張れと鼓舞する過去の自分がいるから、結局そう生きてしまうのだと思う。
こんなまとまらない粗野な文章だって、案外私の背中を押してくれるもので、ふりだしからの一歩のようなものなのだ。
色々とあった。色々とあったけれども、いまはただ、感謝が残り、あとにはなにもないのです。